ホラ吹きたちの睦言 - 2/2

正直、自分が何処に拉致られたのか、そこからどうやって帰ってきたのか、俺はあまりよく覚えていない。寮に帰るとすぐに高島先生が飛んできて理事長の娘としてセキュリティが甘かった、もう二度とこんなことはない、と俺に頭を下げた。
そして御幸に付き添われながら念の為、斑類の病院で使われた薬の後遺症などがないか検査をされ、結局、一晩検査入院の後、問題はないとあっさり帰された。御幸は検査の最中などどうしても離れなければいけない時以外は、ずっとぴったりと体の何処かを俺にくっつけてべったりだった。言葉にはしなかったが、俺を攫ったのが自分の死んだ母親の血縁であることと、俺が目の前から消えたことが怖くて仕方なかったらしい。
「あの人は母方の祖父、らしい。ここに入るって決めた頃に一回だけうちに会いに来た。手放すなら俺を引き取りたいって言って、父さんに追い出されてた」
御幸のいつも以上に力の抜けた笑顔が、少しだけ痛々しい。
「…母さんは、この国の最後の天狗で、でも身体が弱かったから俺を産んだ時にもうほとんど寿命は尽きてたんだって」
検査入院から寮に帰って、二人並んでベッドに座ると、俺の左手を弄りながら御幸は少しずつ自分の事を話した。
「父さんと駆け落ち同然に結婚して、命をかけて俺を産んで、そんでやっぱり頑張って運命に争ってたけど俺が小学生になる前に死んじゃった」
俺は顔も母さん似なんだって、と笑うので、じゃあ俺はお前の親父さんと趣味が合うな、と笑うと顔を真っ赤にしてグーにした手で強めに肩を殴られた。痛え。
「…もっとガキの頃に父さんに再婚しないのかって聞いたことがあるんだ。一人で俺を育てて大変そうだったから、いい人がいるなら俺は新しい母さんが欲しいなって言った」
きっと本心ではなかった幼い御幸の言葉に、御幸の父親は何を思っただろう。駆け落ちまでして手に入れた妻によく似た忘れ形見にそんなことを言われてどんな顔をしていたのだろう。
殴ってきた肩に今度はグリグリと御幸が額を押し付けてくる。俺に何処かをくっつけていないと死んでしまうのではないかと思うぐらい、ずっとどこかがくっついている。
「そしたらな、お前には寂しい思いをさせるけど、俺の番はもう居ないから、って言われて、ああ俺も、番は一生に一人がいいって思った。この人達みたいに、たった一人を見つけて番になりたいって思って、そんで、倉持を見つけた」
肩から顔を上げた御幸が、トロリと蕩けるような顔で笑う。
「どう見ても元ヤンで顔怖くて、脚早いけど笑い方変だし、…でも人をよく見てて優しくて、ずっと一緒にいたいなって思った」
「顔だけは良い、性格悪い野球以外はポンコツに言われたくねえな」
「…俺、倉持の子供が産みたいって思ったから軽種の狸のフリしてた。母さんみたいに、命がけで好きな人の子供が産みたかった。お前、中間種のチーターだったから、身体は俺の方が大きいけど、せめて軽種だったら、可愛いって思ってくれないかなって」
「何だよ、それ…」
俺の漏れでた声に、御幸はごめん、と泣きそうな顔で笑う。触れ合っていた肩も、手も、そっと離されてしまうと、あ、こいつ何か勘違いしてるな、とようやく気付いた。
「馬鹿、違うわ。惚れた相手が俺の子供産みたいって、可愛いって思われたいって、そんなの可愛すぎて心臓やべえ」
ぎゅう、と抱き締めて肩に顔を埋めて大きく息を吸う。甘くて華やかな百合の匂い。御幸の、フェロモンの匂いだ。
俺たち斑類は基本的に自分より小さい相手を可愛いと思う。思ってしまうように本能に刷り込まれている。自分より小さくて可愛くて愛おしい相手を支配して交配して囲う為だ。
御幸は俺より上位種だし、身長だって高い、ツラも良いから女にも男にだってモテるくせに俺が良いのだとメソメソと泣きそうな顔で笑う。俺の種が欲しいなんて、俺の子供が産みたいなんて、これ以上ない熱烈な愛の告白だ。
「…とりあえず順番間違えたくねえから週末お前の実家連れてけ。挨拶しに行かねえと」
「へ?」
「…卒業したら、俺と結婚してくれ。俺のこの先の一生を御幸にやるから、御幸のこれから先の人生を俺にくれ」
抱き締めていた腕を緩めて御幸の顔を覗き込む。
でかい目をパチパチと瞬いて驚いていたのが、ようやく言葉が届くとじわじわと顔を赤く染めていって恥ずかしいのか俯いて、極め付けに消え入りそうな小さな声でハイ、と頷くとぎゅう、と俺に抱きついてもう一度肩に額を擦り付けた。
「俺も悪かったな。自分でも忘れてたとは言え結果的にお前に隠し事しちまってた」
「あ、そうだよ、お前重種なんじゃん!何あれ?ヒョウ??」
「…ジャガーだよ、ババアはチーターだから多分親父がジャガー、何だと思う。ガキの頃に一回だけ会った、気がする」
ぼんやりと黒い大きな猫に守られた記憶がある。その時も重種の子供だからと攫われかけて、実の父親に助けられた、その記憶は多分親達に隠されていたのだが強い薬を使われて、似たような状況で攫われて思い出した。
「…子供、出来るかな」
ポツリと御幸が呟いて、自分の腹を撫でているがまだ一回もしてねぇだろ、と軽く後頭部を小突いてやる。
「…重種同士のゲイミックスか…」
「俺やっぱ狸に生まれたかった…」
今度こそグズグズと泣き出した御幸に笑いが漏れる。何笑ってるんだよ、と恨みがましい御幸の声が愛おしい。
「お前のお袋さんが命がけでお前を産んだのにそんな失礼なこと言うんじゃねえ。…それに、例え将来、子供が出来なくても、お前がいりゃ最高だろ」
「…はぁ?マジ男前過ぎて明日から心配なんだけど?!」
ボスン、と御幸にベッドへ押し倒された。色気のある感じではない。いろんなことが急に起こり過ぎてお互いヘトヘトだ。勃つだろうが最後までする気力は正直ない。
「はー、タヌキの癖にモテ過ぎだろと思ってたけど天狗なら納得だよなぁ…つかお前の魂現あれ何?トンビ?」
「鷹だよ、鷹。眼鏡とかスポーツグラスしてねえと魂現とか見え過ぎてしんどいの。なのに物理的な視力は悪いんだよなぁ俺」
ぐしゃぐしゃと髪を撫で、眼鏡を取ってやるとぼんやりと視線が合っているような合っていないような曖昧な目線が俺を見る。
「今もあんま見えてねえの?」
「…耳まで真っ赤な倉持が見える」
二人で狭い二段ベッドの下の段へ横になって顔を見合わせて、御幸がゆっくり目を閉じたのを合図に唇を重ねた。
「…倉持、えっちしたい?」
「…してえけど、まあいいだろ。ずっと一緒なんだから。あ、でもマーキングはさせろ。そんでお前も俺にマーキングしろ」
「俺、卒業したらしばらくまた寮だよ?」
「そんでお前が寮出る頃に今度は俺が大卒でプロ行って寮か」
何でお前高卒でプロ行かねーんだよ、と御幸が拗ねた声を出す。ちゅ、と鼻先にキスをすると唇を突き出してそんなところでは嫌だと主張している。
「バァカ。…お前と同じチームから声かからなかったからな」
「は?」
驚いた顔をする御幸の唇を塞いでやる。本当はプロでないなら社会人野球に行くことだって考えたのだ。母と祖父に早く恩返しがしたくて、少しでも負担が減らせる道を、と考えていたのに母がお金のことはきちんと養育費を貰っているから気にしなくていいのだと、行きたいのなら大学に行けと背中を押してくれた。
「早いとこ活躍して俺のこと球団のスカウトに推薦しといてくれよ」
「うわ、ズルじゃんそれ!」
「使えるモンは何だって使ってお前のそばにいてやるから安心しろ」
俺の言葉にまた御幸が目を見開いた。言葉が心に達するタイミングでまたじわじわと御幸の頬が赤く染まる。
「…俺、もしかしてすごい、倉持に愛されてる…?」
「…気づくの遅えよ」
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